NPO法人フリースクール
阿波 風月庵 -ふうげつあん-

なぜ私はゲームに惹かれるのか

調子が出てきて、3H/1日ペース

私はゲームが好きです。小さい時から好きなジャンルがあります。RPG(ロールプレイングゲーム)です。

ここでいうロールプレイングは、「想像上のある役柄を演じること」という意味です。

そのRPGの中でも、性格や生い立ち等が決まっているキャラクターを主人公として操り、物語を体験していくという、一般的な(だと私が感じている)ものが特に好きです。 そして、その主人公が体験する出来事に、感情移入して楽しんでいます。

特に最近、感情移入の仕方が顕著になってきて、よく涙が流れそうになっています。

どうしてこんなに心を動かされてしまうのかと考えた時に、今までは現実から逃げる、いわゆる現実逃避から来る感情移入だと思っていました。

ある会合での「物語性が人を動かす」との言葉から、ある考えが生まれました。現実から逃げたその先で、現実では感じることのできない「物語性」を求め、ゲームへと行きついたのではと考えたのです。

ただ、「物語性」を疑似体験するだけなら、ゲームでなくとも良いのですが、とびぬけて好きなのは、他にも理由があると思います。物語的な部分だけでなく、ゲーム的な部分にも魅力を感じているからです。

私は、複数のキャラクターをそれぞれ役割に特化して育てるのが非常に楽しく感じます。たまに、どのキャラクターでも同じ状態にできるゲームがありますが、それにはあまり魅力を感じることができません。

細かく書き始めるとまだまだ書けますが、あまり書いてもよくわからないと思うので、この辺にしておきます。

実は先日、発達障害を持ちながらも、現在一般就労している方から、お話を聞く機会がありました。

そのお話の中で、凸凹の凸の部分はその部分として認め、凹の部分はその部分として、きちんと分けて考える、といったことをお聞きしました。 私の今までは、一つできないことがあってそれを指摘されると、全部を否定された様に感じていました。

出来ることや得意なことがあっても、出来ないことや苦手なことが一つでもあったら、全部ダメと感じるということです。 私は、この点についても、ゲームに自分が現実で得られていないものを、求めていたのかもしれません。

自分が操るキャラクター達には、それぞれの個性に合うような役割を担えるように育てていたからです。

苦手な部分も個性と認めて、得意な部分で役立てるようにするのを楽しく感じる理由は、自分が現実でそうできなかったからだと思うようになりました。          HS