NPO法人フリースクール
阿波 風月庵 -ふうげつあん-

コミュニケーションとは?‐1 「世間話と挨拶は」

「世間話」に、どんな意義があるのか

ひきこもり経験者は、「世間話」が嫌いで、苦手です。
その理由を聞いてみると、「話題が狭いのでついていけない」と「話が続かないから」との答えが返ってきます。
だから、「世間話」に意味はないし、無駄で必要のないとの意見を持っているようです。

しかし、本当に無駄で、必要のないことかどうかを、「コミュニケーション」として考えてみますと、多くの場面で、「世間話」を目にしますし、その人達は楽しそうです。

それどころか、人間関係を作るには大切なこととされているとの意見も聞かれます。はたして「世間話」に、どんな意義があるのかを考えてみたいのです。

現実社会の情報を沢山入手出来る

まずは、熱弁する「世間話」の内容から、相手の人柄や、考え方や、行動パターンや、暮らしぶりに関する情報を得られます。

その様な日常のたわいない話をする会話は、自分と相手との相性を探り、良好な付き合い方を模索することも可能です。
さらには、「世間話」を重ねてきたやり取りの雰囲気から、その人との関係に、何気ない安心感や馴染みを共有していることを確かめ合う事が出来ます。
さらに信頼関係を育てることへと繋ぐことも目的に加わることになるでしょう。

相手との関係作りとは別に、その内容に、雑多な一般常識や現実社会の情報を沢山入手出来ることも魅力的です。

何処かで別な時に、違う場面で、同じ種類の話題が出てきた時に、話のつながりや展開を進める情報として使うことも出来ます。
そんな他者の世間感覚や情報を、入手しておくことも、雑談情報として使えます。

社会生活の中で自己存在の安心を確認

それ等、耳から入った何気ない情報から、移り行く時代感覚を養い、他者と同じに共有出来るのなら、自分の価値観や考え方が今の世間に通用するかどうかも判断出きると思うのです。

さらには、今の生活社会の中で安心できる生き方を自分が進めているのかどうかを確認できます。
いわば、社会生活の中で自己存在の安心を周りの反応から確認・修正出きることが、この「世間話」に集約されています。

「安心の確認」といえば、一般社会では、「挨拶」で、互いに安心を確認しています。

思い込みで、自分に強く言い聞かせ自縛している

「挨拶」の目的は、[自分の存在は、あなたを脅かしません。私からも安全でいたいと、あなたに知らせておきます]を、伝えるという意味合いがあると学びました。

握手も、私は武器を持っていません[あなたに危害を加える気持ちはありません]と、いう意図を伝えるジェスチャーだというのです。
「世間話」は「挨拶」の継続版であり、第一義的な意図は、[あなたと親しい、信頼のおける間柄を維持したい]を伝える同義語といえるのです。

「世間話」をしなければ、世間の実際をも知らず、自分の価値観だけで、世間の様々なことを判断してしまっています。
そして「世間はこういう判断を下すから、こうしなければならない」との思い込みで、自分に強く言い聞かせ自縛しているのです。

これが、ひきこもり心理の実際ですか?

全人格を否定された感覚になる

「世間の実際を知らないとは?」といえば、生の声を聞かず、経験からの言葉を耳にせず、ネットやテレビ情報だけが世間の実際と思い込み、これらの情報で組み立てた世界観で、全て判断しているからではないですか。

すると、実際の現実を知らない状態なのに、情報は豊富で心配条件ばかりが先に見えて、足を踏み出すことに、段々と不安が、募ってくるのも当たり前と思うのです。

何故、不安が募るのかといえば、自分が、自分の価値観や考えだけで行動すると、失敗したことが全て自分の責任で、全人格を否定された感覚になるからです。

失敗を積み上げていくことは、自分にあうやり方で進む道順を求めて、出口に向かって進んでいる実感が持てることを意味します。

限りない違いが存在してくる

それでは実際の現実とは、どんなものなのかといえば、良いことも悪いこともあります。

良い評価も逆から見れば、悪く評価されることもあることを知ることなのです。
各々の価値観によって、評価・判断は様々な捉え方が存在している現実を知ることです。

左右・上下どちらかではなく、その幅の広さ分だけ、限りない違いが存在してくることに気づいていく筈なのです。

それを、二者択一的に、良いか悪いかに、分けてしまうことは現実的ではなく、論理的でもないことを認識することです。

これは、言葉・情報だけで、ものごとを判断する者が、陥りやすい魔の迷路であることを、忘れてはならないのです。

ひきこもり気質の人間は、その迷路の中をどこまでも歩き、出口が見つからないので、今も彷徨い続けている状態なのでしょう。

「1対1」の人間関係から、3の人間関係へ

「世間話」が苦手な人は、自分の思い込みで自分を縛っていることを知ることです。

他者からの情報や世間の立ち位置や社会の変化・成長を無視して、「こうしてれば、全て大丈夫という」錬金術的な世渡り方を、手に入れたくて、いつまでも、模索し続けているように映ります。

まずは、気心の知れた仲間の内で、「世間話」を楽しみたいものです。
それは、「1対1」の人間関係から、3の人間関係へ成長するステップといえるのです。
この「3の関係」に安心して参加できてこそ現実社会を安心して生活していける技術を、身につけたといえるのでしょう。