NPO法人フリースクール
阿波 風月庵 -ふうげつあん-

沈黙は、無視ではない

自分がこうなったのは、自分だけの責任

ひきこもり特性のひとつに、苦しい時ほど関わりを避けようとする傾向があります。

ひきこもる時間が長くなればなるほどに、その傾向は強まるみたいです。

素直に苦しさを表現したり、甘えることが出来ないから、逆に心を閉ざしてしまいます。

自分のことは、自分だけで解決するべきと強く思い込み、人に頼ること、話すこと、弱音を吐くことをしないのです。

だから、自分のことで他者を責めることは間違いだと考えているのです。

自分がこうなったのも、自分だけの責任で、親の責任、社会の責任ではないと思い込んでいるようなのです。

言葉が出てこない

勿論、自分にも責任があるし、自分が何とかしなければいけないところもあるのですが、親に何とかしてもらわないと、社会に何とかしてもらわないといけないところもあるという考えや甘える考えは持ってはいけないと考えている様です。

だから、今の自分がダメなのは、自分の責任で、自分が解決し、自分が何とかしなければいけないと思い込んでいるのです。

自分の責任で、自分が何とかすることと、親の責任で、親にも何とかしてもらいたいこと、社会の責任で、社会に何とかしてもらいたいこともあるのです。

色々とはっきりするためにも、ご本人から話してもらいたい、言葉にしてもらいたのですが、長年誰とも話をしていないと、「言葉が出てこない。」「なんて言ってよいか、言葉が見つからない。」そんな状態になっているようです。

答えない自由を保証する

ですから、その人が感じているだろうことを汲み取り、「もしかして、○○と思っているのかな?」と、訊ねてみることから、話を始めてみるのはどうでしょう。

そして、その話の、その内容についての、ご本人の反応を観てみるのです。

しかし、答えてくれるかどうかにはこだわらない方が良い様です。

否定されれば、「じゃ~どんな風に思っているの?」と、教えてもらえばいいのです。

ただし、問い詰めてはいけません。

答えない自由を保証することが、まずは、話してもらうこと以上に大切だからです。

沈黙もそれでいいと受け止め、本当に安心して話せる様になるまで待ってみましょう。

もし話せないとしたら、まだ、周りの環境準備が整っていない(本人が話せる雰囲気にはなっていない)か、話してもらいやすい工夫をする必要があるのかもしれません。     かぜ